離婚調停と聞くと、重苦しく怖い場所を想像する人も多いかもしれません。
私もその一人でした。
しかし実際に始まった調停は、想像とは違う出来事の連続でした。夫が2回続けて欠席し、調停は1年に及び、最後は裁判へ進むことになります。
今回は、50代で熟年離婚を経験した私の離婚調停について、実際に体験したことをお話しします。
離婚調停を決意した理由

夫とは長い間、まともな会話がありませんでした。
同じ家に暮らしていても、私の存在などいないかのように無視される毎日。何かを話しかけても返事はなく、その状況が何年も続いていました。
「このまま我慢すれば、いつか変わるかもしれない。」
そう思い続けていましたが、精神的な負担は少しずつ積み重なり、私はついに仮面うつ病を発症しました。
体はつらいのに、周りには元気そうに見えてしまう。仕事や家事をこなしながらも、心は限界に近づいていました。
もう一人で耐え続けることはできない――。
そう決意し、弁護士に相談した末、離婚調停を申し立てることにしたのです。

調停は相手の住所を管轄する家庭裁判所だった

離婚調停を申し立てることになって初めて知ったのですが、調停は原則として相手の住所を管轄する家庭裁判所で行われます。
私は別居を機に他県へ引っ越していたため、自宅の近くではなく、夫が住んでいる地域の家庭裁判所まで通わなければなりませんでした。
調停の日は朝早くから家を出て、時間をかけて家庭裁判所へ向かう生活。そのたびに精神的な緊張もあり、決して楽な道のりではありませんでした。
弁護士は私が住んでいる地域で依頼していたため、調停の日には一緒に家庭裁判所まで来てもらう必要があり、その都度、交通費や日当などの出張費もかかりました。
離婚調停では精神的な負担だけでなく、移動時間や費用など、思っていた以上に大きな負担があることを実感しました。
初めて家庭裁判所へ向かった日

初めての調停の日は、朝から落ち着きませんでした。
「どんなことを聞かれるんだろう」「うまく話せるだろうか」
そんな不安で胸がいっぱいになり、家庭裁判所へ向かう道中も緊張が続いていました。
家庭裁判所に到着すると、依頼した女性弁護士さんが入口で待っていてくれました。
建物の中は想像していたよりも静かで、落ち着いた雰囲気でした。受付を済ませると待合室へ案内され、呼ばれるまで静かに待ちます。周りにも何組か人がいましたが、皆さん口数は少なく、張り詰めた空気が流れていたのを覚えています。
やがて名前を呼ばれ、調停室へ入りました。
部屋には男女二人の調停委員が座っていました。私はもっと厳しい雰囲気を想像していましたが、お二人とも穏やかな表情で迎えてくださり、「緊張しなくて大丈夫ですよ」と優しく声をかけてくれました。
私の話を途中で遮ることなく、うなずきながら最後まで丁寧に耳を傾けてくれたことが、とても印象に残っています。
家庭裁判所という場所に足を踏み入れるまでは怖いイメージしかありませんでしたが、調停委員の方々の落ち着いた対応のおかげで、少しずつ緊張が和らいでいきました。
まさかの出来事。夫が来なかった

家庭裁判所では、お互いが顔を合わせないように配慮してもらえると弁護士から聞いていました。
それでも、「もし廊下や待合室で鉢合わせしたらどうしよう」という不安は消えませんでした。
緊張しながら待っていると、調停委員から思いがけない言葉を告げられます。
「相手方は来ていません。」
思わず耳を疑いました。
せっかく遠方から時間をかけて家庭裁判所まで来たのに、調停は始まることなく、その日は終わってしまったのです。
「次こそは来るだろう。」
そう思って迎えた次の調停日。しかし、夫はまた姿を見せませんでした。
二回続けて欠席したことで、「このまま調停は進まないのではないか」と不安が大きくなりました。
その後、家庭裁判所が何度も夫へ連絡を取り、調停への出席を促してくれました。そして三回目の調停で、ようやく夫が出席し、本格的な話し合いが始まったのです。
調停は申し立てればすぐに話し合いが始まるものだと思っていましたが、実際には相手が出席しなければ思うようには進みません。それでも家庭裁判所が粘り強く対応してくれたことで、ようやく一歩前へ進むことができました。
一回の調停は約一時間
三回目からは、ようやく調停が始まりました。
調停は、夫婦が同じ部屋で話し合うのではなく、交代で調停室に入る形で進められます。
まず私が調停室に呼ばれ、調停委員へ自分の気持ちや状況を話します。話が終わると部屋を出て待合室へ戻り、今度は夫が調停室に入り、自分の考えを伝えます。
その後、再び私が呼ばれ、相手の主張について調停委員から説明を受けたり、自分の考えを伝えたりする――その繰り返しでした。
一回の調停時間は、およそ一時間ほどだったと思います。
時間だけを見るとそれほど長く感じないかもしれません。しかし、自分の気持ちを整理しながら話し、相手の主張を聞き、それに対する考えを伝えることの繰り返しは、想像以上に精神力を使いました。
調停が終わる頃には、毎回どっと疲れが押し寄せます。
さらに、私は他県から家庭裁判所まで通っていたため、帰宅する頃には心身ともにぐったりしていました。それでも、「少しでも前に進めるなら」と自分に言い聞かせながら、一回一回の調停に臨んでいました。
婚姻費用は調停で解決できた

婚姻費用の金額は、自分の収入額と夫の収入額を鑑みて算定されます。
私の場合、弁護士に試算してもらったところ、申請時点で無職だったこともあり、月に8万円〜10万円が妥当とのことでした。
ですが、別居後、夫から生活費は一円も支払われませんでした。
今後の生活への不安を抱えながら過ごしていましたが、離婚調停では婚姻費用についても話し合われることに。
その結果、私の場合は婚姻費用の支払いが認められ、それまで支払われていなかった分も、婚姻費用調停を申し立てた日までさかのぼって支払われました。
私は「調停が終わってから支払われるもの」と思っていたので、申立日が基準になることを知り、とても安心したのを覚えています。
もちろん、就職した後も離婚が成立するまでずっと、最初に決まった金額を受け取ることができました。
もちろん、婚姻費用の金額や支払い時期は、それぞれの家庭の状況によって異なります。しかし、私自身の経験から感じたのは、迷っている時間があるなら、一日でも早く弁護士へ相談し、必要であれば調停を申し立てることが大切だということです。
「もっと早く申し立てていればよかった」と後悔しないためにも、困ったときは一人で抱え込まず、早めに専門家へ相談することをおすすめします。
一年続いた調停、それでも結論は出なかった

調停は約1か月から2か月に一度のペースで開かれ、そのたびに私は家庭裁判所へ通いました。
「今度こそ話がまとまるかもしれない。」
そんな期待を抱きながら臨んだ調停でしたが、思うようには進みません。
気がつけば、一年という月日が流れていました。
何度話し合いを重ねても、お互いの主張は平行線のまま。調停委員の方々も双方の意見を丁寧に調整してくださいましたが、最後まで合意には至りませんでした。
調停の結果は不成立。
一年間通い続けた末の結論だっただけに、正直なところ大きな疲労感と虚しさを感じました。
しかし、ここで終わりではありません。
離婚を成立させるためには、次の段階である離婚裁判へ進むしかありませんでした。
次回の記事では、実際に離婚裁判がどのように進んだのか、調停との違いや法廷の様子、そして判決が出るまでの体験をお話ししたいと思います。




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